ディープクレンジング
先日のちょっとした気づきをシェアしたいと思います。
近所の知人からある依頼をされました。その知人は村の歴史グループのリーダーをされていて、グループ内では村の歴史に関することを調べたりされているようです。わたしが依頼されたのは、ある日本語の資料の英語訳。だいたいの内容をお伝えするという感じで良ければ~、ということでお受けしました。英語訳をした資料は、150年ほど前に日本から海外へ派遣された岩倉使節団に関するものでした。彼らの海外派遣中、私の住む村へも来られたようです。
実はわたしは歴史というものが苦手と感じていました。なぜだろうと考えてみると、なんだか歴史は暗く重いイメージしかないから(笑)でした。写真ひとつとっても、なんかこわいし、見たいような見たくないような、というような複雑な気持ち。今にフォーカスしているから歴史は特に振り返らない?!というような変な解釈もあり。。。今まで学んできた歴史というのはそれらが嘘か本当かは実際のところわかりませんが、どうも暗く重いイメージがほとんどでした。でも、だから歴史が嫌いなの?そんな理由で?と改めて考えてみたのです。そしてすぐに『ちょっ、ちょっとまてよ~』となりました。よく考えたら『わたしもその歴史の一部やないか~い!』と。歴史は重い、暗い、なんかイヤ、っていうけれど、それって自分たちのことをそう思ってるのと一緒やないか!と。ずっと続く時間軸というものがあるとして、その通過点の小さなひとつの点に自身が存在しているとして。たくさんの存在の点もあって、てんてんてんてん・・・と。本当はただそれだけのことであり、暗いも重いもなくて。てんてんてんに重きをおいていたのは自分自身で、それで重い~重い~となっていたのです。
翻訳をした部分は、使節団の方が書き残した数日間の滞在記録だったのですが、この村周辺でどんな風に過ごされたのかを考えたとき、なんとなく親近感が湧いてくるような、愛おしい気持ちになりました。彼らは研修や視察とは別に、ちょっとした観光にもでかけたようで、今から150年前にその時点で約700年前に建てられた歴史的建造物を電車に乗って見物に行かれたようですが、わたしが今150年前の使節団の方々のことに思いを馳せているように、彼らも同じようにその歴史的建造物を見ながら過去に思いを馳せていらっしゃったのかなと考えたり。。。不思議な気持ちですが、結局は歴史という重さはそこにはなく、同じような人間(てんてんてん)の日常のひとこまにすぎなかったのですね。
だからといってそのひとこまひとこまを軽視しているというわけではなく、それらは全体の中の一部分としてただそうあった、だけであって、暗いも重いもなく、ただそうであった。。。のです。今のわたしが過ごしているようにみえるこの時間と空間も同じように。本質はそれらを超えた、すべてを包み込むもので。時間も空間も超えいつも変わらずあって。。。この翻訳がきっかけで、自分たちのことや辿ってきた道(歴史)を嫌う感情を手放して、愛のまなざしで全部包み込みたいなあと感じたのでした。といいますか、わたしは今まで、歴史や人間たちに対して大きな嫌悪感を抱いていたことや、かなり否定的な感情をもっていたことに気づいたので(実はこれは自分自身に対してもそうだった、ということですね!)これはちょっとどころではなく、かなり大きな気づきなのかもしれないと思うのでした。
今日はオークムーンという満月の日でしたので、森へ出かけて魔法の木のそばでフィンドホーンフラワーエッセンスのアチューンメントカードをひいてみたのです。(このカードリーディングは見てくださるすべての方々へ向けてのものとしてリーディングさせていただいております。)でてきたのはElf Cup Lichen。さあ、ディープクレンジングよ~と言われているようで、興味深かったです。
Elf Cup Lichen
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